kaddish development store

2020.11.21

過去作

赤坂に変わった洋服屋がある。
名前は渡辺洋服雑貨店、3~4年前から時折通わせてもらっていたんだけれど
特に深く話すようになったのはここ1年ほど

 

店主の小城さんは自転車旅好きの凝り性な人で
「自転車旅に持っていけるツールとしてのカメラのおすすめはないですか?」

そんな話の流れから僕がやっている作品制作の話へ

「面白そうだからうちで展示とかしませんか?」

 

ウィズコロナの2020年末に、展示などなんの予定もない僕たちporriMにとっては渡りに船だった。

二つ返事でやりたいですとお話をして、急遽昨日金曜日から写真を飾らせてもらっている。

新作はないけれど、過去作をいい空間に飾ってもらうとまた今までとは違う見え方をしたりする。

 



 

 


写真の裏だって今回は見てもらえます。


 

 

渡辺洋服雑貨店は来年の1月でお店を閉められるということだけれど
それまでの間ロングスパンで、2週間1度ペースくらいで過去作を取り替えながら飾っていただく。

kaddishからも徒歩圏内なので、気が向いた方はぜひ足をお運び頂ければと思います。

 

 

稲葉

 

 

 

https://kaddish.jp/blog/28116

2020.11.19

ドナドナ

 

 

 

 

 

 

 



 

 

こういう事がある日にカメラを持っていないのが僕のだめなところだ。

11月18日

至って普通のお休みで、平尾の方から家へ向かって運転し始めると

わずか1,2分で異音がし始め、明らかに様子がおかしい。

急遽行き先を整備工場へ変更して運転していたのだが、信号で停車した瞬間

全てのランプが点灯し、エンジンがパワーオフ。

何度スロットルを回しても掛からなくなってしまった。

片側2車線の右レーンで自家用車兼カメラが立ち往生。

 

路肩へ逃げてJAFと警察を呼び、休みの残り半分は終了した。

整備工場へドナドナされていった僕のカメラは現在点検中で直るかも不明…

 

 



 

本当は明日から赤坂の渡辺洋服雑貨店さんで写真を見てもらえますよって話をするつもりだったのだけど

それどころでない感じになってしまった。

 

車だけでなく、荷台の中が不安である…

 

 

 

 

稲葉

 

 

 

https://kaddish.jp/blog/28019

2020.11.10

provoke

 

 

 

 

 

中平卓馬という写真家がいる。

僕にとっては写真というものをアート的文脈とか、記録的な文脈といった語り口を抜きにして

写真はすべての物質をコレ化することだと語った彼の言葉には多大に影響を受けた。

 

 

タイトルにしているprovokeとは挑発という意味を冠した写真誌の名前である。

この本は1968年に中平卓馬、高梨豊、岡田隆彦、多木浩二らによって発刊された同人誌であった。

 

写真家、詩人、芸術評論家という近いようで別の畑の人々が集い、60年代にあった(であろう)閉塞的な意識を

写真を用いて破壊することを目的とした”思想のための挑発的資料”と言うものである。

 

2号からは森山大道も参加し、結論から言ってしまえばわずか3号目で廃刊となった。

 

 



 

 

68年の創刊より、約半世紀を経て復刊が行われるということで急いで予約をして

その事も忘れていたつい先日家に届いていた。

総括集まで含めてもわずか4冊の本が日本写真史に与えた影響力こそ、話に聞けど

その性質上4冊全てを一同に見る機会はなかったので、中身のわからぬ箱からこの表紙が出てきたときは

なんとも言えない気持ちになり、一度冷静になるまで頁をめくる気になれなかった。

 

僕はこのprovokeの合同執筆者の中において、先に書いた中平卓馬に肩入れしているフシがある。

理由はなにか特定の写真や、シリーズが好きということよりも

彼が残した言葉の方にあったりするところが、なんとも写真家であるのに僕のなかで不思議な存在である。

 

アレ、ブレ、ボケに代表される、破壊的なイメージに追随した多数の写真家のエピゴーネンのサイドから

provoke(やその時代の写真)は語られがちな印象がある。

しかし、それらの時期を経て後年中平卓馬が取り組むことになる植物図鑑の正確なる模写という人生をかけた課題には

アレもブレもボケも鳴りを潜め、ある意味では全くこちらの考える余白すら許さないような正確な描写になっていく。

 

それは中平卓馬の写真観というものが大きく変容したから、というわけではなく

彼自身が追い求めるが故にたどり着けなかった場所へ、彼が記憶障害を患ったことによって

奇しくも叶えられてしまったのである。

 

その探求の過程に生み出された衝動的なイメージと

自身が何者かも危うくなった彼がたどり着いた静的なイメージとが

共通のゴールに向いているという事実は、彼という人間の本当に奥底にある思想の深さを感じさせる。

 

全く彼のことを知らない人に伝わらない話ではあるが

一人の人間の多数の側面が、写真というフィルター越しに1つに重なる感動はとても美しく辛いモノだ。

 

まだ僕はうまくprovokeを飲み込めていないのだけれど、30歳の中平卓馬の声を少し聞けた気がする。

 

 

 

 

稲葉

 

 

 

 

https://kaddish.jp/blog/27704

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