誕生日を迎え、また一つ齢をとり考えた事。
年齢は単なる容れ物であって、問題はその箱の中に何を詰め込んでいるかだ。
箱の中に「上がり」を詰めた時、身体的若しくは精神的衰えを自ら認めた時、「老い」は始まる。
つまり「老い」とは年齢でなく状態なのだ。
その点、自分は年齢が半分ほどの若者と感覚を共有している。
小さな文字のピントが合いづらくなってきたが、それは自ら老眼と嘯いて楽しんでいるからセーフだ。
オレはまだ老いていない、このアパレルの世界に於いてもバリバリ現役だ。
事実、オレが絶賛した商品の全てといわないが、ちゃんと多くの賛同を得ているじゃないか。
という話を稲葉にアツく話していた時に気付いた。
今、この状態のオレを老害というのかもしれないと。
山下